甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【堺市】光明院と万代寺

今回は大阪府堺市の光明院(こうみょういん)万代寺(まんだいじ)について。

 

光明院

所在地:〒591-8037大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-732(地図)

 

光明院(こうみょういん)百舌鳥八幡宮の東側に鎮座する高野山真言宗の寺院です。山号は仏頂山、寺号は金輪寺。

創建は寺伝によると729年(天平元年)、光明皇后の発願を受けた行基により開かれたとのこと。南北朝時代には、当寺の僧侶が熊野本宮大社(和歌山県田辺市)へ参詣し、のちに盛んになる熊野詣での草分けとなったようです。中世から江戸初期にかけて何度も天災や兵火を受けて焼失しましたが、1669年(寛文九年)に智海という尼僧によって再興されました。明治期の神仏分離では、大鳥大社の神宮寺である神鳳寺が廃寺となり、その寺宝が当寺に移されています。

 

境内

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光明院の境内は西向き。百舌鳥八幡宮の脇を通る路地に面しています。

山門は一間一戸、薬医門、切妻、本瓦葺。

 

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内部、向かって右側。写真右が前方です。

主柱と控柱に梁を渡し、前方に突き出た梁で軒を受けています。標準的な薬医門の造り。

 

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向かって左側。

梁の上には束が立てられていますが、束の左右に見慣れない部材が配され「巾」の字のようなシルエットになっています。

軒裏は一重まばら垂木で、化粧屋根裏。

 

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本堂は入母屋、向拝1間、本瓦葺。

本尊は秘仏の釈迦如来。

 

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向拝柱は几帳面取り。側面には象鼻。

柱上の組物は大斗と絵様の肘木。

 

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虹梁中備えは蟇股。波の意匠が彫られています。

 

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手挟は板状のもの。渦巻状の繰型と絵様が彫られています。

向拝柱と母屋をつなぐ懸架材はありません。

桁隠しには蕪懸魚が下がっています。

 

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母屋柱は角柱が使われ、前方の1間通りは前面に壁がなく、縁側のような吹き放ちの空間になっています。

 

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本堂向かって右手には地蔵堂。

頭守地蔵(とうもりじぞう)なるものが祀られていて、倒れて横になった風変わりな姿から「こけ地蔵」と呼ばれ信仰されているとのこと。境内裏手に行けば見られたようですが、見落としてしまったため割愛。

 

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地蔵堂の向拝。

虹梁中備えは蟇股。

向拝柱は角面取りで、側面に象頭の彫刻が付いています。

 

以上、光明院でした。

 

万代寺

所在地:〒591-8037大阪府堺市北区百舌鳥赤畑町5-705(地図)

 

万大寺(まんだいじ、萬代寺)百舌鳥八幡宮の北側に鎮座する真言宗犬鳴派の寺院です。山号は真龍山。

創建は寺伝によると729年、行基による開基とのこと。室町初期は七堂伽藍を有する大寺院で足利尊氏の祈願所となったようですが、室町後期の災害と兵火で焼失しています。1624年(寛永元年)に堯俊によって中興され、多くの伽藍が再建されたようです。百舌鳥八幡宮の神宮寺のひとつで「奥の院」と呼ばれ、同じ神宮寺の重楽院は明治期の廃仏毀釈で廃寺となりましたが、当寺は廃止を免れ現存しています。

 

境内

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万大寺の境内は西向き。百舌鳥八幡宮の本殿のほうから境内裏手(北側)へ進むと、細い道の先に境内入口があります。

山門は一間一戸、薬医門、切妻、本瓦葺。

 

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前述の光明院山門と同様、主柱と控柱に梁を渡した構造。標準的な薬医門です。

妻飾りは蟇股。雲の意匠が彫られています。

 

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本堂は入母屋、向拝1間、本瓦葺。

本尊は無量寿如来。

 

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向拝柱は几帳面取り角柱。

太い虹梁が渡され、虹梁中備えの蟇股には竜が彫刻されています。

虹梁木鼻は拳鼻。

組物は連三斗のようなシルエットをしていますが、よく見ると斗と実肘木を2つ重ねたような組みかたをしています。このような組みかたは初めて見ました。

 

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手挟は板状のものが使われています。

向拝柱と母屋をつなぐ懸架材はありません。

縋破風の桁隠しには猪目懸魚。

 

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万代寺本堂も光明院本堂と同様に、母屋の前方の1間通りが縁側のようになっています。

母屋の正面の柱間は桟唐戸と蔀戸で、その下は格子のガラス戸。扁額は山号「真龍山」。

 

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本堂向かって右には毘沙門天堂。

宝形、向拝1間、本瓦葺。

 

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向拝柱は几帳面取り。柱上は大斗と実肘木。

虹梁中備えは蟇股、木鼻は象鼻。

 

以上、万代寺でした。

(訪問日2021/11/21)