甲信寺社宝鑑

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【東近江市】押立神社

今回は滋賀県東近江市の押立神社(おしたて-)について。

 

押立神社は市郊外の田園地帯に鎮座しています。

創建は社伝によると奈良時代。60年に一度のドケ祭という奇祭で知られるようです。

境内は広大な社叢に覆われており、大門と本殿は室町初期の南北朝時代に造られたもので、ともに国重文に指定されています。

 

現地情報

所在地 〒527-0138滋賀県東近江市北菩提寺町365(地図)
アクセス 愛知川駅または五箇荘駅から徒歩1時間
八日市ICまたは湖東三山スマートICから車で10分
駐車場 20台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

参道

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押立神社の境内は南向き。境内は農道によって南北に分断され、南側は正面入口と鳥居、北側は後述の社殿といった内容になっています。

鳥居は石造の明神鳥居。扁額は「押立神社」。

 

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参道左手には境内社の庚申社。

庚申塔(たいていは石碑)なら全国各地の古い集落や街道沿いでよく見かけますが、その社殿バージョンといったところでしょうか。

 

様式は宝形、銅板葺。

神社ではめずらしく屋根に宝形が採用されている点と、縁側がまわされているのに正面に階段がない点が風変わり。

 

大門(四脚門)

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参道を進んだ先には大門が鎮座しています。大門の両脇には脇門が並び立ち、きれいな左右対称になっています。

 

大門は一間一戸、四脚門、入母屋、檜皮葺。

1357年(延文二年)建立国指定重要文化財

 

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四脚門という様式の門にしては規模が大きく、正面の柱間も広くとられています。

梁の中備えには出三斗。

内部には格天井が張られています。

 

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側面。

中央の主柱は円柱、前後の控柱は角柱。四脚門のセオリーを踏襲しています。

柱上の組物は出三斗。こちらは中備えがありません。

 

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控柱と木鼻。

南北朝時代(広義の室町時代)のもののため、控柱の角面取りは幅がかなり広いです。

木鼻の繰型は巻きが少なく、流線型の曲線になっています。

 

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脇門は薬医門形式。

一間一戸、薬医門、切妻、檜皮葺。

写真は向かって左側のもの。反対の右側も同様の造りでした。

 

拝殿

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大門の先には拝殿。

入母屋、正面軒唐破風付、背面向拝1間、銅板葺。

神社の社殿にしてはめずらしく、内部が土間になっていて、周囲に縁側がありません。

全体のプロポーションは、屋根の大きさに対して母屋が小さく見えます。

 

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正面の軒下。

柱は円柱で、柱上には舟肘木が置かれています。

中央の中備えは蟇股で、はらわたの彫刻は鎌倉~室町初期風の抽象的かつ平面的な作風。

唐破風の下の小壁には、笈形付き大瓶束をアレンジしたような意匠の彫刻が使われています。

垂れ幕の紋は、勾玉のような丸を3つ並べたもの。初めて見た紋で名称がわかりません...

 

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右側面(東面)。写真左が正面で、右が背面です。

ふつう正面に設けるはずの向拝が、背面にだけ設けられ、なんとも珍妙な造り。

寺社建築では正面・背面の両方に向拝をつけることがごくまれにありますが、背面「だけ」に向拝を付けた例は初めて見たので驚きました。

 

本殿

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拝殿の後方には本殿。門や塀がないため間近で見ることができます。

三間社流造、向拝1間、檜皮葺。

棟札より1373年(応安六年)の造営国指定重要文化財

祭神はカグツチとイザナミ。

 

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本殿の手前には狛犬ならぬ駒猿。

猿の後方の樹木の影には、ふつうの狛犬も控えています。

 

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向拝柱は几帳面取りの角柱。側面には獏の木鼻。この辺りはあまり室町前期らしくない作風。

柱上の組物は連三斗。巻斗が軒桁を直接受けています。

 

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向拝柱は水引虹梁でつながれています。水引虹梁には唐草が彫られ、ここも室町初期らしくない作風。

中備えの蟇股は波と思しき題材が彫られています。

 

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向拝および前室を右側面(東面)から見た図。

向拝柱の柱上では手挟が軒裏を受けています。向拝柱と母屋をつなぐ懸架材はありません。

 

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母屋の前室の柱は角面取り。面幅が広くとられています。柱上は出三斗。

中備えの蟇股には前述の拝殿にあった紋があしらわれています。

柱間は吹寄せの格子戸。

こちらの柱や蟇股は、とても室町前期らしい作風に見えます。

 

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前室の柱(左)は角柱、母屋柱(右)は円柱。両者のあいだにはつなぎ虹梁がわたされています。

 

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母屋右側面。前方に両開きの板戸が設けられています。

組物は連三斗と、木鼻のついた平三斗。

無地の妻虹梁の上では、豕扠首が棟木を受けています。

 

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縁側は切目縁が3面にまわされています。欄干は跳高欄。

前室は床が低くなっており、母屋後方の神座がある空間との格差が明示されています。

縁側の後方は脇障子を立ててふさがれています。彫刻の類はありません。

 

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縁の下は角柱の縁束。

母屋は亀腹の上に建てられています。

 

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背面。こちらは特に目立った意匠はありません。

母屋柱は床下も円柱に成形されています。

 

以上、押立神社でした。

(訪問日2021/03/13)