今回は新潟県十日町市の神宮寺(じんぐうじ)について。
神宮寺は市街地の公園の中に鎮座している曹洞宗の寺院です。山号は臨泉山。
寺伝によれば創建は平安時代で、もとは天台宗だったとのこと。現在の伽藍は江戸中期に整備されたもので、さほど古くはないものの茅葺が維持されているうえ大規模です。
現地情報
所在地 | 〒948-0006 新潟県十日町市四日町1300(地図) |
アクセス | 十日町駅から徒歩30分 越後川口ICまたは六日町ICから車で30分 |
駐車場 | 10台(無料) |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | あり(要予約) |
公式サイト | なし |
所要時間 | 20分程度 |
境内
山門
神宮寺の境内は南向き。境内の正面には立派な山門(楼門)が建っています。
山門は茅葺の入母屋。正面3間・側面2間。柱はいずれも円柱。三間一戸の楼門。
後述の観音堂とともに県指定文化財です。
造営年については、案内板(十日町市教育委員会)によると下記のとおり。
現在の山門・観音堂の伽藍は、江戸時代、法暦十一年~天明二年(1761~82)に、前後二十年を費やして建立された雄大で優美な茅葺屋根を持つ格調高い建物で、豪雪地である当地方で最大規模を誇る近世社寺建築の傑作の一つである。
はっきりと造営年が書かれていませんが、文化遺産オンラインによると1782年とのこと。
1階部分は、正面側の1間が吹き放ち。
柱は円柱ですが、八角形の礎石の上に乗っています。
柱上には長押(なげし)、蟇股(かえるまた)、軒支輪。組物は出組となっています。
2階部分。扁額は判読できず。
縁側は切目縁(きれめえん:壁面と直交に板を張った縁側)で、床下は腕木で受けられています。欄干は擬宝珠付き。
2階母屋の正面中央は板戸ですが、桟唐戸のような開き戸ではなく、ふすまのような引き戸でした。
柱上には長押、蟇股。組物は尾垂木(先端が平たいもの)が突き出た二手先。組物で持ち出された桁の下には、波の意匠の彫刻が見えます。
軒裏は二軒(ふたのき)繁垂木。平行垂木です。
背面と側面。
各部の意匠は正面とほぼ同じ。
梁や頭貫の端に木鼻がついていないのが特徴(?)で、禅宗様の意匠がほとんど見られません。純粋な和様建築と言って良いのではないでしょうか。
シンプルな外観に対し、内部は意外と装飾的。
内部は格天井。中央の柱間には赤い虹梁がわたされ、持ち送りとして赤い唐獅子が梁を受けています。
通路の左右の柱間は仁王像が安置される空間となっており、虹梁の上の欄間は派手な龍の彫刻が見られます。
山門内部から見た観音堂。
境内はまるで神社のように鬱蒼と樹木が茂っており、その奥に観音堂が鎮座しています。
観音堂
観音堂は茅葺の入母屋(撞木造)。正面3間・側面4間、向拝1間。
文化遺産オンラインによると1769年の造営とのこと。
本尊は十一面観音。
右側面および背面。
屋根を観察すると正面は妻入ですが、背面は平(ひら)になっています。
様式としては「妻入の入母屋」ですが左右にも破風がついており、大棟がT字になっています。これは善光寺本堂の屋根と同じ「撞木造」(しゅもくづくり)という様式。
撞木造については「善光寺本堂を徹底解説」で詳述しているので、ここでは割愛。
なお、文化遺産オンラインには単に「入母屋」としか書かれておらず、ウェブ検索してみてもこの観音堂を撞木造だとしているサイトやページは見つかりませんでした。とはいえこの観音堂は、棟がしっかりとT字になっているので撞木造と呼んでいいと思います。
屋根の正面の破風。
内部には妻虹梁や蟇股が見えます。
左右側面の破風内部も同様の内容でした。
正面の向拝の軒下。
軒先を支える向拝柱は、几帳面取りされた角柱。
2つの向拝柱は虹梁でつながれ、虹梁の上の中備えには鳳凰が彫られた蟇股。虹梁両端の木鼻は竜。見づらいですが向拝柱の正面側の木鼻は雲状の意匠。
柱上の組物は連三斗(つれみつど)で、向拝の軒桁を受けています。組物に使われている斗(ます)は、下部に皿がついています(皿斗)。
写真上端に見える唐破風は、曲がりが少ないもの。唐破風の中央から垂れる兎毛通(うのけどおし)は、図案化されたような菊の花の両脇に、写実的な葉がついています。
向拝の軒下。
向拝柱(左)と母屋柱(右)は、ゆるやかにカーブした海老虹梁でつながれています。
海老虹梁の上方で垂木を受けている手挟(たばさみ)は、立体的な菊が彫られています。この彫刻は風雨にさらされにくい場所にあるので保存状態が良好なうえ、他の彫刻よりも力の入った造形に見えます。
母屋正面の中央の扉は桟唐戸。
上部には菊の紋がつき、その下にはギザギザした穴が開けられています。桟唐戸にしては凝っています。
その他の柱間は引き戸が立てつけられています。
左側面。
柱上の組物は、尾垂木の突き出た三手先。桁を3回も持出ししています。持ち出された桁の下には、軒支輪やびっしりと並んだ巻斗(まきと)が見えます。
柱に打ち付けられた長押の釘隠しは、「五三の桐」の意匠。
母屋の右側面の全体図。
後方(写真右)の1間だけは板壁となっています。ここが内陣でしょうか。
背面。
縁側は切目縁が4面にまわされ、欄干は擬宝珠付き。床下は縁束で支えられています。
柱の床下を観察したかったのですが、床下には冬用の囲いの部材が納められていて、柱を観察できませんでした。
最後に右正面から見上げた図。
江戸中期のものなので文化的価値はそれなりですが、“雄大で優美な茅葺屋根を持つ格調高い建物”という案内板の評に嘘偽りなし。新潟県に数多くある茅葺の仏堂の中でも、屈指の規模といえるでしょう。
以上、神宮寺でした。
(訪問日2020/05/01)