長野県上田市
安楽寺(あんらくじ)
2020/08/01,2025/11/08撮影
概要
安楽寺は別所温泉の最奥部に鎮座する曹洞宗の寺院です。山号は崇福山。
創建は不明。伝承では奈良時代に行基が開いたという説と平安時代の天長年間に開かれた説とがあり、平安末期は律宗寺院だったらしいです。実質的な創建は13世紀中盤で、信濃国出身の禅僧・樵谷惟仙(しょうこく いせん)が宋に渡り、帰国後に当寺に住んだのが安楽寺のはじまりとされます。
鎌倉時代は塩田流北条氏の庇護を受けて隆盛をきわめ、多数の学僧をかかえる大寺院だったようですが、鎌倉幕府と塩田流北条氏が滅亡すると当寺も衰退しました。1580年(天文八年)頃に高山順京(こうざん じゅんきょう)によって再興され、臨済宗から曹洞宗に改められています。
現在の境内伽藍の大部分は江戸時代以降の再建ですが、八角三重塔は当寺の最盛期にあたる鎌倉後期のもの。八角三重塔は国内では類例のない希少な遺構で、最古級の禅宗様建築として国宝に指定されています。ほか、惟仙和尚坐像と恵仁和尚坐像も鎌倉末期の作で、重要文化財に指定されています。
当記事では本堂や経蔵などの伽藍について述べます。
現地情報
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| 所在地 | 〒386-1431長野県上田市別所温泉2361(地図) |
| アクセス | 別所温泉駅から徒歩15分 上田菅平ICから車で30分 |
| 駐車場 | 40台(無料) |
| 営業時間 | 08:00-17:00、11月から2月は16:00まで |
| 入場料 | 有料 |
| 寺務所 | あり |
| 公式サイト | 曹洞宗 崇福山安楽寺 |
| 所要時間 | 40分程度 |
文化財情報
境内
黒門

安楽寺の入口は温泉街の一画にあります。数十メートルほど南には北向観音があります。
門は乗用車が通れる幅になっていて、この黒門をくぐって奥へ進むと駐車場があります。
黒門は、高麗門、切妻造、桟瓦葺。
公式サイトによると1792年(寛政四年)の造営。
扁額は山号「崇福山」。左の石碑は「不許葷酒入山門」(くんしゅ さんもんに いるを ゆるさず)。


背面。
柱はいずれも面取り角柱で、軒裏は化粧屋根裏。
後方へ伸びる棟は、拝みに懸魚がついています。
山門

安楽寺の境内は南向き。駐車場から石畳の参道を進むと山門があります。


一間一戸、薬医門、切妻造、銅板葺。
別所神社の案内板によると、同市内の塩野神社(前山)や別所神社を造営した末野家の工匠の作とのこと。

内部、向かって左側。
主柱(写真左)、控柱(右奥)ともに面取り角柱が使われ、梁(男梁)がわたされています。梁は主柱の前方に突き出ていて、その先端は禅宗様木鼻のような繰型と渦がついています。
主柱の前方には斗栱(女梁)が出て、梁の下面を受けています。

主柱は棟木の直下まで伸び、組物を介して棟木を受けています。このように主柱が梁の上まで伸びるのは、薬医門としてめずらしい構造だと思います。
主柱の組物と軒桁の下の組物とのあいだには、細い海老虹梁がわたされています。海老虹梁は、主柱についた木鼻をよけるようにカーブしています。

内部、向かって左後方。写真右下が控柱です。
写真中央、梁の上には大瓶束が立てられています。控柱の組物の上にも小さい海老虹梁がつき、木鼻をよけて大瓶束の上へのびています。

左側面を外部から見た図。写真右が正面側です。
主柱と大瓶束の上の組物で妻虹梁と桁を受け、その上の大瓶束で棟木を受けています。
鐘楼

山門をくぐって本堂へ進むと、参道右手に鐘楼があります。
入母屋造、桟瓦葺。袴腰付。
公式サイトによると1769年(明和六年)の造営。

柱は円柱。頭貫には唐獅子と象の木鼻がつき、柱上に台輪が通っています。
柱上の組物は尾垂木二手先。台輪の上にも詰組が置かれ、組物と組物のあいだには蟇股が配されています。
軒裏は放射状の二軒まばら垂木。


縁の下の腰組は三手先。組物のあいだには蟇股があります。
下層は黒い下見板を張った袴腰。
本堂と庫裡

本堂は寄棟、銅板葺。
扁額は「安楽禅寺」。大棟は箱棟になっており、北条氏の紋である三つ鱗が描かれていました。

本堂の右手には庫裏。
寄棟の屋根に2階の窓を開口させ、窓の下に庇を設けて屋根の軒先とつなげています。箱棟の中央部が2段になっているのも独特です。

本堂と庫裡のあいだには玄関。
軒唐破風が付き、屋根はこけらで葺かれています。

唐破風の上には木材のままの鬼板。三つ鱗の紋があります。
唐破風の兎毛通は鳳凰の彫刻。

虹梁の中備えは龍。
その上の小壁では、蟇股が棟を受けています。蟇股は雲と三つ鱗。

竜の左右の彫刻は、波に亀。
虹梁には波状の絵様が彫られ、虹梁両端の持ち送りは籠彫りの波の彫刻。
経蔵と傅芳堂

拝観料を払って八角三重塔のほうへ進むと、途中に経蔵があります。土蔵造りで、柱や壁面はしっくいで塗り込められています。
桁行3間・梁間3間、宝形造、銅板葺。
1794年(寛政六年)造営。市指定文化財。

内部には傅大師(輪蔵の考案者とされる)の像が置かれ、その奥に輪蔵があります。
輪蔵は八角形の平面で、柱間には桟唐戸のような扉が設けられています。柱上の組物は三手先で、柱間にも詰組が配され、軒裏は放射状の二軒繁垂木。禅宗様の造りです。
輪蔵内部には、萬福寺(宇治市)から購入した鉄眼版一切経が納められているとのこと。

堂内は吹き寄せの格天井が張られ、天井板には花鳥が描かれています。

階段を昇って進むと、八角三重塔の少し下に傅芳堂があります。

内部には2体の木像が安置されています。両者とも鎌倉末期の1329年(嘉歴四年)の造立で、重要文化財に指定されています。
向かって右は木造樵谷惟仙和尚坐像。樵谷惟仙(しょうこく いせん)は信濃国出身の僧で、宋に渡って帰国したのち当寺を開きました。
向かって左は木造幼牛恵仁和尚坐像。幼牛恵仁(ようぎゅう えにん)は宋出身の僧で、樵谷惟仙の帰国にともなって日本に渡り、当寺の2代目住職をつとめました。
安楽寺の本堂や経蔵などの伽藍については以上。