今回は山梨県甲斐市の光照寺(こうしょうじ)について。
光照寺は塩崎駅の北側の住宅地に鎮座している曹洞宗の寺院です。山号は朝輝山。
創建については不明で、武田信虎によって移転・庇護されて隆盛したようですが、織田氏の甲州征伐によって薬師堂を残して伽藍を焼失したとのこと。兵火を免れた薬師堂は移築された上で現存しており、国重文に指定されています。
現地情報
所在地 | 〒400-0106山梨県甲斐市岩森1622-1(地図) |
アクセス | 塩崎駅から徒歩10分 韮崎ICから車で10分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
寺務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
参道
光照寺の境内は南向き。
入口は中央本線の路線と並行する生活道路に面しているのですが、門柱や寺号標のような目印になるものがなく、写真の灯篭もやや奥まった場所にあります。アパートの通路と見分けがつかないので、光照寺境内に正面口から入るのは初見ではほぼ不可能と思います...
私は迷ったあげく西側の墓地から境内に入りました。この写真は帰り道に撮ったもの。
薬師堂
境内の中心には薬師堂が鎮座しています。
桁行3間・梁間3間、宝形、銅板葺。
室町後期の造営とのこと。附の厨子とともに国指定重要文化財となっています。
本尊は薬師如来。
正面とその軒下。
外観および内部については、案内板(文化庁、山梨県・甲斐市教育委員会)によると下記のとおり。
この薬師堂は方三間宝形造、屋根は檜皮葺形銅板葺。中央正面の間は両開き桟唐戸 両脇間は腰貫、飛貫連子窓。内陣は来迎柱を柱筋よりやや後方へ移し、これに架けられた二本の大紅梁によって内陣前方を広く利用できるように工夫されている。紅梁のまゆ、そで切りの形体、板蟇股の軽妙な曲線、木鼻・蓑束・茅負や二重繁棰の形など細部に優れた技法がみられ、室町時代後期の特色を備えている。
室町期の造営のため全体的に装飾が少なくシンプル。上記の案内板でほぼすべてを簡潔に解説できているので、私の素人解説は割愛いたします。
左側面(西面)。
壁面は壁板が縦方向に張られています。右側面や背面もほぼ同じ造りですが、一部の柱間が引き戸になっています。
縁側は、壁面と直交に張った切目縁(きれめえん)が4面にまわされています。欄干はなし。縁の下は縁束で支えられています。
床下を観察してみると、母屋柱は八角柱になっていました。これは室町期以降の寺社建築で見られる工作。
薬師堂の全体図。
軒の出が深く、屋根の四隅が少し反り返っていて優美な印象を与えるシルエット。
本堂(?)
薬師堂の裏には本堂と思われる堂があります。
桟瓦葺の寄棟(平入)で、正面1間・側面2間。柱は円柱。
造営年代はおそらく江戸期。こちらは特に文化財指定されていません。
正面中央は桟唐戸、その左右は縦板壁。
柱間にわたされた虹梁(紅梁)の上には蟇股(かえるまた)が2つ置かれ、その内部には唐獅子と思しき彫刻があります。ここは明らかに前述の薬師堂より新しい造り。
柱と虹梁の上に置かれた組物は出組で、一手先に持出された桁が垂木を受けています。軒裏は二重のややまばらな垂木(棰)。
側面は白飛びしてしまっていて見づらいですが、舞良戸の窓があり、ほかは漆喰が塗られた壁になっています。
背面についてはこれより先に進めなかったため観察できず。
以上、光照寺でした。
(訪問日2020/06/20)