世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【千曲市】智識寺

今回は長野県千曲市の智識寺(ちしきじ)について。

 

智識寺は上山田温泉の南部にある集落に鎮座している真言宗の寺院です。山号は清源山。

奈良時代の開基と伝わる古刹で、村上氏や真田氏など歴代の領主からあつく庇護を受けていたようです。境内の中心にある大御堂は仏堂としては珍しい様式をしており、造営年代も室町期であるため重要文化財に指定されています。

 

現地情報

所在地 〒389-0822長野県千曲市上山田八坂1197(地図)
アクセス 戸倉駅から徒歩50分
坂城ICから車で15分
駐車場 10台(無料)
営業時間 随時
入場料 無料
寺務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 15分程度

 

境内

仁王門

智識寺仁王門

智識寺の参道は南東向き。

左に立っている門柱は「國寶 大御堂 文部省」。ここで言っている国宝(國寶)は、戦前の法で指定されたいわゆる旧国宝のこと。現在の国指定重要文化財に相当します。

 

仁王門は茅葺の寄棟(平入)で、正面3間・側面2間の三間一戸。柱は角柱。

これといって目立つ装飾はないものの茅葺き屋根が維持されており、手入れも行き届いている様子。整然とした美しい茅葺き屋根です。

 

仁王門の内部

内部は天井がなく、梁や小屋組や化粧屋根裏を見ることができます。

小屋組には貫なども使われていますが、ほとんどの部材は縄で縛ることで固定されている様子。

 

大御堂

智識寺大御堂

仁王門を過ぎた先には、重要文化財の大御堂(おおみどう)が鎮座しています。

大御堂は茅葺の寄棟(妻入)。正面3間・側面4間、向拝なし。柱はいずれも円柱。

村上氏の支配下にあった1541年(天文10年)の造営と伝えられており、1609年(慶長14年)に修理を受けたとのこと(千曲市教育委員会の案内板より)。

なお、白い幕に六文銭が描かれていますが、真田氏が松代藩に転封されたのは1622年です。

本尊は十一面観音で、堂内には3メートル超の巨像である木造十一面観音立像が安置されているとのこと。平安後期の作で、こちらも重要文化財。

 

寺院建築で寄棟はさほど珍しくはないのですが、妻入(正面から見たときに山型のシルエットになる)の寄棟というのはあまり例がなく貴重です。

 

智識寺大御堂

軒先には分厚く葺かれた萱の断面が見え、非常に重厚な趣。

軒裏は、正面側だけはまばら垂木になっていましたが、側面と背面は垂木が省略されていました。ここの垂木はただの化粧材なので、省略しても強度的には問題なしです。

拝所の軒下に掲げられた扁額は「大御堂」。

内部をのぞき込んでみると禅宗様の意匠が見られる入母屋(妻入)の厨子がありましたが、扉が閉じていて内部の本尊は見られませんでした。

 

智識寺大御堂の柱と軒先

智識寺大御堂の木鼻と軒裏

柱は円柱ですが上端がすぼまっており、禅宗様の円柱となっています。

組物はシンプルな出三斗(でみつど)と平三斗(ひらみつど)で、梁や桁の持出しはしていません。

組物や頭貫には雲状の意匠の木鼻がつけられています。木鼻もいちおうは禅宗様の意匠ですが、和様の神社建築で採用されることは珍しくありません。

 

智識寺大御堂の右側面

右側面。妻入のため建物は前後に長いです。

側面(桁行)は4間ありますが、前方(写真左のほう)の1間は柱間がやや広く、吹き放ちの外陣となっています。後方(写真右)の3間は内陣で、壁面は縦方向に板が張られています。

縁側は4面にまわされており、床板を壁面と直交に張った切目縁(きれめえん)。欄干は擬宝珠付き。縁の下は束で支えられています。

 

智識寺大御堂の背面

背面の中央には桟唐戸(さんからど)がついており、欄干が途切れていてこちらからも堂内に出入りできる様子。

床下を見てみたところ、母屋の柱は床下も円柱に成形されていました。

 

智識寺大御堂の屋根

屋根の正面側。

こんもりとしていて少しむくりのついた三角のシルエットが印象的。

寺社建築は屋根を反らせた優美なシルエットのものが多いですが、この大御堂の屋根はそれとは対照的で、気取ったところがなく控えめで「侘び寂び」に通じる美しさを感じます。

 

以上、智識寺でした。

(訪問日2020/04/14)

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