世をひねる

甲信地方の寺院・神社建築を語る雑記。

【松本市】竹渕諏訪社

今回は長野県松本市寿北(ことぶききた)の竹渕諏訪社(たけぶちすわしゃ)について。

 

竹渕諏訪社は松本市街の南東部に鎮座しています。

集落の住宅地と畑地の境目のような場所に境内があり、諏訪神社でありながら狛犬ではなく狐の石像が参道の左右に控えているのが特徴的です。

 

現地情報

所在地 〒399-0011長野県松本市寿北6-20-3(地図)
アクセス

平田駅から徒歩20分

塩尻北ICから車で15分

駐車場 なし
営業時間 随時
入場料 無料
社務所 あり(要予約)
公式サイト なし
所要時間 10分程度

 

境内

参道と社殿

諏訪社の境内入口

竹渕諏訪社の境内は東向きで、入口には赤い両部鳥居が立っています。扁額は「諏訪社」。

 

諏訪社の狐

両部鳥居の先には、石製の二の鳥居があり、参道の両脇には狐、奥には舞殿(神楽殿)が立っています。

諏訪神社なのに狐がある理由は、案内板(寿地区景観整備委員会)によると明治期に稲荷社が合祀されたためのようです。

また、由緒書きの案内板(竹渕諏訪社)によるとこの諏訪社は嘉暦年間(鎌倉初期)に諏訪大社から勧請されたものとのこと。

 

諏訪社の神楽殿

舞殿(神楽殿)は鉄板葺の切妻(平入)。

この神社では舞殿(まいどの)と読ませるようです。

境内は、鳥居・舞殿・拝殿・本殿が一直線に並んだ構成。

 

諏訪社の拝殿

拝殿は桟瓦葺の切妻(平入)。向拝なし。

これといった意匠もなく、特筆するほどの点はありません。

 

本殿

諏訪社本殿の左側面

拝殿の裏には塀に囲われた本殿があります。

本殿は銅板葺の一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。正面1間・側面1間・背面2間。向拝1間。

流造なので正面側の屋根が長く伸びており、左側面からは「へ」の字に見えます。

 

案内板によると1721年(正徳6年)の造営とのこと。

祭神はタケミナカタとありましたが、稲荷を合祀しているのでウカノミタマなども祀られているのでしょう。

 

諏訪社本殿の向拝軒下

向拝。

写真右の向拝柱の正面側には、唐獅子の彫刻。側面(手前)は雲状の木鼻が配置されており、象の彫刻ではありません。

写真ではほとんど見えないですが、2つの向拝柱をつなぐ虹梁の中備えは、くり抜かれていない蟇股(かえるまた)でした。

 

海老虹梁(えびこうりょう)はS字カーブを描いて向拝柱と母屋をつないでいます。海老虹梁の向拝側は虹梁と同じ高さで、母屋側は頭貫の高さ。高低差のある場所を流麗な曲線でつなぐので、右上の手挟(たばさみ)に触れそうな勢いです。

手挟は雲状の意匠が彫られていますが、江戸中期のものなのでさすがに籠彫りまではされていません。

 

諏訪社本殿の妻壁

母屋の左側面。

屋根の破風板の頂部からは懸魚が垂れているだけ。桁隠しがないため、桁の木口が銅板でカバーされているのが見えます。

頭貫の木鼻は拳鼻。貫の上の蟇股(?)は波のような意匠で、あまり見かけない風変わりな作風だと思います。

組物は出三斗(でみつど)で、向拝の上も同様でした。出三斗の上にはこれといった意匠の見られない梁と束が小屋組の壁を構成しています。

 

諏訪社本殿の背面

背面は中間に円柱が1本追加されていて、計3本の円柱で構成されています。

円柱はいずれも、床下の成形を八角柱で止めるという定番の手抜き工作がなされていました。

縁側の床板は壁面と直交の切目縁(きれめえん)。欄干は擬宝珠のついたものでした。

 

諏訪社本殿の右正面

最後に右側からの全体図。

1721年の造営というと、中信地域ではどちらかといえば古い部類に入るでしょうか。

江戸中期なのでまだ彫刻はワンポイントといった程度の配置で、質素な印象。同時代の建築の中ではもっと派手なものもありますが、やはり村の産土神ではこれくらいがこの時代の標準レベルと言えるでしょう。

 

社殿についてはそこまで派手な見どころがあるというわけではないですが、良くも悪くも半端な時代のものを見られます。

境内はいかにも神社らしく、密度が濃くうっそうと茂った社叢の中にあり、雰囲気も充分にあると思います。

 

以上、竹渕諏訪社でした。

(訪問日2020/01/11)

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