今回は長野県生坂村の北陸郷(きたりくごう)と上生坂(かみいくさか)にある2つの日置神社(ひおき-)について。
日置神社(北陸郷)
日置神社(北陸郷)は国道19号線から少し外れた河岸の集落の入口に鎮座しています。
延喜式の式内論社とのことですが、境内や社殿などは非常に小規模でとくにこれといった見どころはありません。
現地情報
〒399-7202長野県東筑摩郡生坂村大字北陸郷8708(地図)
・駐車場なし、社務所なし
境内
日置神社(北陸郷)の境内入口は南西向き。
鳥居は両部鳥居で、扁額には「日置神社 延喜式内社」と書かれています。道路沿いにあった社号標にも、しっかりと式内社と書かれていました。
ほか、案内板もありましたが社宝や縁起に関する内容で、社殿については書かれていなかったので割愛。
境内社。
拝殿は鉄板葺の切妻(妻入)。
訪問日は大晦日の朝だったため、松飾がついて二年参りと初詣のいでたちとなっていました。
拝殿の裏にまわって見ると、本殿は隙間のない覆いに隠されていました。覆いのサイズからして、本殿はそこまで大きいものではないのでしょう。
本殿がまったく見えないため解説は割愛。
以上、日置神社(北陸郷)でした。
日置神社(上生坂)
日置神社(上生坂)は生坂村の中心部に近い集落に鎮座しています。
前述の日置神社(北陸郷)と同様に式内論社であり、こちらの本殿は古風でやや大きめの神明造となっています。
現地情報
所在地 | 〒399-7201長野県東筑摩郡生坂村上生坂6302(地図) |
アクセス | 安曇野ICから車で25分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
日置神社(上生坂)の境内は南向き。
鳥居は銅板で覆われた神明鳥居で、笠木(いちばん上の横棒のこと)が円柱になったタイプ。扁額は「日置神社」。
社号標には「延喜式内 日置神社」とあり、前述の北陸郷と同様にこちらも式内社を主張しているようです。
中央が拝殿、右端に見切れているのが神楽殿。
参道は石畳になっており、よく整備されています。両脇に立つ狛犬も、この規模の村の神社にしてはかなり大きいです。
拝殿は鉄板葺の切妻(平入)。屋根に千木と鰹木が載っています。
拝殿の軒下。屋根裏の垂木はまばらですが、二重。
扁額のふちには細かな彫刻が配置されています。
神楽殿は鉄板葺の切妻(妻入)。
正面の梁間に柱がなく、中央には一段高くなった舞台があります。こういった造りの神楽殿は松本・安曇野のあたりでよく見かけます。
拝殿の裏にまわりこむと、立派な本殿が鎮座しています。
本殿は鉄板葺の三間社神明造(さんけんしゃ しんめいづくり)。
正面3間・側面2間、向拝なし。母屋の左右の室外には、棟を支える柱が立っています。この柱の構成は混じり気のない神明造のもので、仁科神明宮も同様の構造をしています。
屋根では内削ぎの千木が屋根を突き出ており、棟には6本の鰹木が載っています。
案内板*1によると、本殿は1775年(享保十一年)に造営されたもので、棟札は室町期のものから昭和期のものまで計50枚が保存されているとのこと。明治期までは神明宮と呼ばれたようです。
祭神は、神明宮なので伊勢神宮と同じアマテラス。
左正面。
破風(屋根の側面)は直線で、破風板からは鞭懸(むちかけ)という4本の棒がつき出ています。懸魚(げぎょ)の類はついていません。屋根裏の垂木は一重。
これらはいずれも神明造の特徴で、非常に古風な造りと言えます。
この本殿の最大の特徴は、縁側が正面だけにあり、欄干がないのにタマネギ状の擬宝珠のついた柱だけが立っていることでしょうか。
背面。
三間社なので、柱間の数は背面側も3つ。中央の柱間がちょっと広くなっています。
母屋の柱はもちろん円柱ですが、江戸中期の造営なのでさすがに床下は八角柱に手抜きされていました。
神明造の柱は掘っ立て柱が正式なのですが、さすがにこの日置神社本殿の柱はコンクリートで固められた土台の上に立てられています。
本殿の右隣りには摂社末社が並んでおり、それらのために拝殿(?)が設けられていました。
以上、日置神社(上生坂)でした。
(訪問日2019/12/31)
*1:生坂村教育委員会