今回は静岡浅間神社の後編ということで、神部神社・浅間神社の周辺にある多数の境内社をまわっていきます。
現地情報やアクセスについては下記リンクの前編をご参照ください。
静岡浅間神社 境内
少彦名神社
静岡浅間神社に自家用車で訪問した場合、最初に見ることになるであろう社殿がこちらの少彦名神社(すくなひこな-)。
少彦名神社は銅瓦葺の入母屋(平入)で、正面3間・側面3間。向拝なし。柱はいずれも円柱。
社殿は南向きで、こちらも重要文化財です。
全体的に黒いカラーリングですが、近づいて軒下を見てみると梁や桁の周辺が極彩色に塗装されています。入母屋破風の内部も色鮮やか。
梁と桁を持ち出す組物は、一手先。
垂木は二重になっていますが、地垂木(じだるき:桁に近いほうの垂木)は木口が金色に塗られているのに対し、飛檐垂木(ひえんだるき:軒先に近いほうの垂木)は木口も真っ黒で目立ちません。
玉鉾神社
静岡浅間神社の境内社の中で、おそらくもっとも目立たず、スルーしてしまう人も多そうなのが玉鉾神社(たまほこ-)。
上述の少彦名神社の近くの奥まった場所に、南向きで鎮座しています。
玉鉾神社は標準的な銅板葺の一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。
母屋は円柱、向拝は角柱。縁側3面と浜床がついています。
祭神は羽倉東麿、岡部真淵、本居宣長、平田篤胤で、いずれも国学者。学業成就、合格祈願の神です。
この神社は明治9年の創設となっており、静岡浅間神社の境内社の中では歴史の浅いものです。こちらは重文ではありません。
左側面。
江戸後期から明治期の神社建築でしばしば見られる、復古調のシンプルなデザイン。
静岡浅間神社の境内の社殿は、独特な様式のものや派手に彩色されているものばかりなので、こういった標準的な造りの社殿は逆に新鮮です。
あまり面白味のない内容かもしれませんが、ど派手な社殿が次々と視界に飛び込む濃厚な境内の中、数少ない箸休めスポットと言えるかもしれません。
大歳御祖神社
つづいて、境内の南端に南向きで立つ大歳御祖神社(おおとしみおや-)。
静岡浅間神社は正式名称を「神部神社・浅間神社・大歳御祖神社」といい、前編の神部神社・浅間神社とともに境内の主要な神社となっています。
大歳御祖神社には神門と拝殿があります。
神門は銅板葺の切妻(平入)で、正面3間・側面2間。柱は円柱で、後方の1間は壁がなく吹き放ち。
背面(後方)の吹き放ちの部分には、多種多様なおみくじが置かれていました。
拝殿は銅板葺の入母屋(平入)、正面軒唐破風(のき からはふ)。柱は円柱。向拝なし。
全体的に造りが新しく、建築的な見どころはあまりありません。
唐破風の懸魚の中央には小さくハート形(猪目という)の穴が開いており、それについての解説が立札に書かれていました。
拝殿の裏には、大歳御祖神社の本殿があります。
立派な唐門(中門)や透かし塀もありますが、肝心の本殿は屋根しか見えず。
この写真だと、屋根は切妻とも入母屋ともつかない微妙な外観です。
祭神は大歳御祖命で、ウカノミタマの母神とのこと。
仕方がないので拝殿にあった写真を掲載。
大歳御祖神社の本殿は銅瓦葺の三間社流造(さんけんしゃ ながれづくり)。正面3間・側面2間、向拝3間。母屋は円柱、向拝は几帳面取りの角柱。
総漆塗りで、中門・透かし塀とともに重要文化財です。
立派な本殿であるだけに、実物を拝めないのがとても惜しいです。
八千戈神社
神部神社・浅間神社大拝殿の隣にあるのが八千戈神社(やちほこ-)。社殿は東向きで、社務所と向かい合う位置です。
やはりこちらの本殿も唐門(中門)とともに重要文化財に指定されています。
彫刻は2代目和四郎こと立川和四郎富昌(たてかわ わしろう とみまさ)の手によるもの。
祭神は摩利支天だったのですが、神仏分離令で八千戈命に改めたようです。
本殿は銅瓦葺の入母屋(平入)、正面3間・側面4間で正面は千鳥破風付き、向拝は正面3間・側面2間で軒唐破風付き。
斜めのアングルから見ると意外に縦長で、庇(軒唐破風付きの向拝)が正面に大きく伸びた特徴的なシルエットになっています。
唐門の前から本殿向拝の軒下を見た図。
手前の角柱の正面側には唐獅子の木鼻が配置されており、ここはとても立川流らしい雰囲気。その中間にある中備えは戯れる猪の彫刻で、これはちょっと珍しい題材です。
ほか、孝行にまつわる故事を題材とした彫刻が各所にありますが、いちいち解説しているときりがないうえ、題材の元ネタが解らないので解説は割愛。
右側面。柱の上で軒を支える組物は、二手先。
左側(正面側)は向拝なので角柱、右側は母屋なので円柱が使われています。
入母屋の破風の内部には黒い梁と束、そして金色の彫刻がびっしりと配置されており、重厚かつ豪華絢爛。
私の個人的な感想として、静岡浅間神社境内にある社殿の中でいちばんおもしろい造りをしているのがこの八千戈神社だと感じました。
麓山神社
てんこ盛りな内容の静岡浅間神社も、いよいよ最後の境内社となりました。
麓山神社(はやま-)は他の社殿から少し離れていて、境内の裏山である賎機山(しずはたやま)の中腹に鎮座しています。
前述の八千戈神社の左手には麓山神社につづく石段があります。麓山神社までは大した距離ではないのですが、傾斜がやや急なので注意。
この先には国指定史跡の賎機山古墳があり、これが“静岡”の地名の由来とのこと。
また、余談になりますが3代将軍・徳川家光の弟であり暴君・暗君として悪名高い駿河大納言こと徳川忠長が、この地で猿狩りを強行したことで兄を激怒させ、のちの改易と切腹の一因となったことでも知られています。
石段を登って参道を右に折れると麓山神社の拝殿があります。社殿は南向き。
拝殿は銅瓦葺の入母屋(平入)で、正面5間・側面4間、向拝なし。柱は円柱。
正面の1間は壁のない吹き放ちで、神像が置かれていてまるで随神門のような雰囲気。
この拝殿も軒下が極彩色になっていますが、組物は持出ししないタイプのものでした。
ほか、立川流の彫刻もありますが、例のごとく割愛。
拝殿の後方には唐門(中門)と透かし塀に囲われた本殿があります。
拝殿、本殿、中門、透かし塀いずれも重要文化財です。
祭神はオオヤマツミとヤマトタケル。
本殿は銅瓦葺の三間社流造(さんけんしゃ ながれづくり)、正面3間・側面2間。向拝はおそらく3間。柱はよく観察できず。
写真中央で金色に輝く虹梁(こうりょう)は一手先の組物で持出しされています。
虹梁の上の三角形になった部分には、大胆かつ繊細な造形のスイレンが壁面を埋め尽くしています。
ほか、虹梁の下には細かく彫刻された蟇股(かえるまた)も見られますが、こちらは割愛。
総評
これにて静岡浅間神社にある計7つの神社を制覇しました。所要時間はだいたい1時間。
私は鑑賞や参拝にそこまで時間をかけるタイプではなく、この日は急ぎ気味にまわっていましたが、それでも1時間かかりました。もっとゆっくりと時間をかけて味わう人は、2時間弱くらいは計算しておきましょう。
総評をすると、社殿の造りから境内の雰囲気に至るまでみごととしか言いようがなく、神社として余りにもレベルが高すぎて却って感想に困ってしまうほどです。
東海地方屈指の名所であるのはもちろんのこと、東日本を代表する大神社の1つであり、必見の名所です。
最後に個人的な感想を述べますと、静岡県の中心部ともいえるこの場所で、信州諏訪の宮大工の手掛けた社殿が堂々たる威容を誇っている様は、諏訪に住んでいる私としてはどこか誇らしさを感じました。
以上、静岡浅間神社でした。
(訪問日2019/11/29)