今回は長野県茅野市の田沢稲荷神社(たざわいなり-)について。
田沢稲荷神社は茅野市郊外の集落の中に鎮座しています。
境内には随神門があったり諏訪造の拝殿があったりと、村の産土神にしては豪華で近辺の他社とは一風変わった雰囲気になっています。
現地情報
所在地 | 〒391-0013長野県茅野市宮川田沢9091(地図) |
アクセス | 茅野駅から徒歩50分 諏訪ICまたは諏訪南ICから車で10分 |
駐車場 | なし |
営業時間 | 随時 |
入場料 | 無料 |
社務所 | なし |
公式サイト | なし |
所要時間 | 10分程度 |
境内
参道
境内の入口は集落の中にあり、石の鳥居をくぐってすこし坂を下った先に境内があります。
参道を進んで田沢稲荷神社の敷地内に入ると、この辺では珍しい随神門が建っています。私の知る限り、諏訪地域の神社で随神門のあるところはここだけです。
随神門の左側には、舞台(あるいは神楽殿、舞屋)があります。
妻入の切妻で、極太の梁の上にならんだ蟇股(かえるまた)と組物が印象的。
拝殿
随神門をくぐると、その先には拝殿が建っています。
中央には鉄板葺の向唐破風(むこう からはふ)の拝殿が、その両脇には切妻の片拝殿があります。規模こそ小さいですがこの配置は諏訪大社上社本宮とよく似た諏訪造(すわづくり)です。
諏訪造の社殿では“幣拝殿”(へいはいでん)という建物が中央に置かれるものですが、案内板(茅野市教育委員会)によるとこの社殿の中央にあるのは“拝殿”とのこと。
拝殿は1795年の造営で、立川和四郎富棟(初代)が棟梁とのこと。下社秋宮を造営したことで知られる宮大工です。
なお、左右の片拝殿は後補のものとのことですが、いつ後付けされたのかは不明。
軒下。垂木は二重の繁垂木(しげだるき)。
梁の周辺には、立川流のお家芸である彫刻が数多く配置されています。
虹梁(こうりょう)の上部のアップ。
写真の下半分は、ごちゃごちゃして少々わかりにくいですが「牡丹に戯れる唐獅子」の彫刻。その上で唐破風の棟を受けているのは大瓶束(たいへいづか)というタイプの束。大瓶束の両脇には波の模様の笈形(おいがた)。
虹梁の両端の木鼻は、正面側に唐獅子、側面は象。このあたりは立川流や大隅流でよくある配置です。
いずれの彫刻も非常に精緻なのですが、浮き出た木目が素朴な質感を醸していて、無塗装の白木特有の美しさがあります。まさに名工・和四郎の面目躍如たる出来栄えです。
年代を考えると秋宮の造営(1781年)から十数年経ったころで、立川和四郎(1744生-1807没)にとって晩年に近い円熟期の作と言えるでしょう。
拝殿の内部。
拝殿は正面1間・側面1間。柱は円柱。正面と左右が吹き放ちです。
内部では、彫刻の類は蟇股くらいしかなく、質素な印象です。
本殿
見ごたえある拝殿のせいで忘れそうになりますが、本殿もそれ相応の規模のものがあります。
左右の方拝殿の脇から拝殿後方へまわりこむと、覆いが掛けられた本殿が鎮座しています。本殿はこけら葺きの一間社流造(いっけんしゃ ながれづくり)。
諏訪地域の流造の本殿は、屋根の正面側に軒唐破風(軒の一部が唐破風になっているもの)が付いたものをよく見かけるのですが、壁板に阻まれて正面側を観察できず...
この写真で判るのは、垂木が二重の繁垂木であることと、破風板に懸魚がついていること、そして梁が組物で持出しされていることと、梁の上では大瓶束が棟を受けていることくらいです。
ところで、この神社は社名に稲荷とあるのですが、境内を見まわしてみても稲荷らしい要素(狐とか赤い鳥居とか稲の紋とか)がまったく見当たりません。それどころか、境内には御柱まで立てられています。
いちおう鳥居の扁額には「稲荷社」とあり、案内板にも“祭神は倉稲魂神”(ウカノミタマ)とあるので稲荷神社で間違いないと思うのですが、境内や社殿は完全に諏訪のカラーに染まりきっていて、稲荷らしさは絶無。これほど「らしくない」稲荷神社はそうそう無いのではないでしょうか?
諏訪地域では希少な随神門があり、稲荷社なのに御柱が建っており、しかも諏訪造の拝殿まである... 考えるほどに奇妙でおもしろい神社だと思います。
以上、田沢稲荷神社でした。
(訪問日2019/10/13)