世をひねる

甲信地方(山梨県と長野県)の寺院・神社建築を語る雑記。

【岡谷市】平福寺と柴宮(東堀正八幡宮)

今回は長野県のマイナー観光地ということで、岡谷市長地(おさち)にある2つの寺社を紹介していきます。

長地は岡谷市の東側の大部分を占める地名で、国道20号線が通っていたり、和田峠へ向かう道(広くて走りやすい)があったりと、この辺りでは交通の要衝でもあります。20号線を車で走っているといつも長地交差点のあたりで神社らしい茂みが目に入り、地図でも「柴宮」という名前が目に付いて気になっていました。そういうわけで今回は気がかりだった柴宮と、そのすぐ隣にあった平福寺に行ってみました。

 

 

平福寺

先述の柴宮へ行こうとすると、紅白のちょうちんで飾り付けられた通りを見つけました。“おひぎりさま”なるものの縁日があるようで、名前からして地蔵と関係がありそうです。予定には無かったのですが、せっかくなので彌林山平福寺(みりんざん へいふくじ)に立ち寄ってみました。

 

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駐車場と境内入口。岡谷もちょうど桜の季節で、この日は雲一つない晴天で花見には絶好の日和でした。

 

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門。のぼり旗に“日限地蔵”とあり、やはり“おひぎりさま”とは地蔵菩薩のことみたいです。

案内板によると、隣接する位置にある柴宮(後述)の別当寺であり、柴宮とともに地域で篤く信仰されていたとのこと。

 

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門をくぐって先ず目に入ったのは、マニ車(左)と筆塚(右)。

左は、“車輪を回転させると、お経を読んだのと同じ功徳が得られる”という装置ですね。私はマニ車(まにぐるま)と呼んでいますが、ここの案内板では“法輪塔”とあります。場所によっていろいろな呼び名があるようです。

右は筆塚ですが、本当に筆の意匠になっていて、とても解りやすいです。ふつうの筆塚は、石に“筆塚”とだけ彫られたシンプルなものですよね。

 

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そしてこちらが“おひぎりさま”こと日限地蔵が鎮座している地蔵堂です。銅葺きで平入りの入母屋、千鳥破風と向拝付きです。

御覧のとおり、左右非対称で間口が2つあるという奇妙な形状をしています。

 

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唐破風部分のアップ。鰐口(参拝時に鳴らすドラみたいなやつ)の奥には「日限地蔵尊」という額が掲げられていました。

 

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唐破風のない、もう一方の間口は、「弥陀堂」とありました。こちらに納められている阿弥陀如来は、明治の廃仏毀釈の際、諏訪大社下社の別当寺から預けられて難を逃れたとのこと。

もしかしたら、この左右非対称の建物は、もとは別々の建物だったのかも...?

 

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本堂は瓦葺き。平入りの入母屋で、向拝付き。二軒で蟇股もあり、シンプルながらもポイントを押さえた雰囲気。

さすがに仏像の拝観はできませんでしたが、左右非対称の地蔵堂・弥陀堂を見られ、急遽追加で立ち寄ってみて良かったと思いました。

 

以上、平福寺でした。

 

柴宮(東堀正八幡宮)

今回のメインです。柴宮(しばみや)は正式名称を東堀正八幡宮(ひがしぼりしょうはちまんぐう)と言うようですが、“柴宮”は周辺の地名にもなっているので、こちらの呼称のほうが通りが良いようです。

 

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まずは舞屋(まいや)から。屋根の軒下は天井板が張られており、船枻造”(せがいづくり)と言う住宅建築の技法らしいです。

なお、私は“船枻造”という言葉をここで初めて知りました... まだまだ勉強が足りませんね。

 

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拝殿の周囲には摂社末社や石碑があり、それら全ての四囲に御柱が立てられています。

奇妙に感じるかもしれませんが、諏訪地域の神社ではわりとよくある光景です。

 

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こちらが拝殿。銅葺きで妻入りの入母屋、千鳥破風付き。向拝は唐破風。屋根の造りこそ違いますが、左右にも社殿(片拝殿?)が並んだ配置は諏訪大社下社(春宮・秋宮)そのもの。

ちなみに案内板によると柴宮拝殿は1766年の建立で、下社春宮は1780年建立、下社秋宮は1781年建立のため、諏訪大社下社よりも古いです。

 

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拝殿の軒下。

 

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本殿は銅葺きの一間社流造。1741年建立。

懸魚(げぎょ:破風板から垂れ下がっている板状の彫刻)が4つも付いており、ちょっと洒落た雰囲気。

母屋は円柱、他の柱は角柱で、しっかりと柱が使い分けられています。

 

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別アングル。こちらのほうが破風板と懸魚がよく見えます。

蟇股に特徴があるらしいですが、私のスマフォのカメラでは、瑞垣の外から蟇股を映しきれませんでした...

銅葺き屋根ではありますが諏訪大社以上の歴史のある社殿を閑静な境内で楽しむことができ、大満足です。こんな素晴らしい神社なら、地名になるのも当然のことと思います。

あと、“船枻造”を知ることができて、とても勉強になりました。

 

以上、東堀正八幡宮(柴宮)でした。

(訪問日2019/04/20)